出産後のソーイングと職場復帰
手芸店で働きはじめてからは、私生活もソーイング一色でした。
布を見ると作りたいものが溢れて、寝食を忘れてソーイングに打ち込みました。
お店の作品見本を作る以外に、自分用にも服や小物を作っていたので、材料を買うのにお給料も還元しまくっていました。
そんな生活が変わるのは、結婚して子どもが生まれてから。
臨月直前まで売り場に立ち、妊娠中も「胎教」と称してミシンの音をたくさん聞かせていた私。
「子どもが生まれると自分の時間が減る」という言葉はよく耳にしていたので、縫いだめとばかりに出産の1週間前までミシンを踏んでいました。
子どもが生まれてから、私はこの言葉の本当の意味を知りました。
それまで私は「自分の時間が減る」というのは文字通り、「趣味に割く時間が短くなる」ことだとと捉えていて、頭のどこかで「自分は早く縫えるし、うまくやりくりしてソーイングの時間を取れるだろう」と考えていました。
しかし実際は、時間そのものというよりは「頭の中で自分のことや趣味に割くキャパシティが減る」のだと分かりました。
24時間、頭の大部分は小さな命を守ることに使われていて、自分がどうしたいかに関わらず、小さな命の生活をまわすために生活していく。
子どもが寝たり、預かってもらったりして一人の時間ができても、頭のどこかで子どもの考えごとをしている。
ほっとして、ぼーっとするので精一杯。
加えて何かをしようと思えない。
そうしているうちに、その時間には終わりが来る。
育児中心の生活の中で、ソーイングのことを考える時間はどんどん減っていきました。
母として、妻として求められる自分。
もともとの自分ってどんなだったかな?
学生時代の友人に久しぶりに会う前に、「何を話したらいいんだろう?」と不安になったこともありました。
今思えば、もっと肩の力も、手も抜いてよかったのですが。
そうとは気づけないくらい、自分で手にした役割に「ちゃんとしないと」と一生懸命になっていました。
そんなこんなで息子が1歳になった頃、たまたまお店で目に入った大人のTシャツがありました。
ピアノの鍵盤のように不揃いな線のストライプ。
「素敵な柄だな」
しばらく手芸店もゆっくり見てなかったので、久しぶりのワクワクする感覚に作りたい気持ちが湧いて、そのTシャツで子どもの服を縫うことにしました。
こまぎれの時間を繋いで、作りかけを寝かせたりしながら、1か月程かけて完成しました。
なんとかできた、ロンパース。
型紙は『ハンドメイドベビー服enanna(エナンナ)の80~120センチサイズの男の子と女の子のパンツ』から、オールインワンをくまアレンジで作りました。
それを息子に着せたとき、たまらなく愛しく思う気持ちと同じくらい、自分のことも満たされた感覚がありました。
ミシンを出してまで何かを作る余裕はない気がしていたけど、一度取りかかると、作っているときは無心になってできました。
少し自信がついた私は、それから合間を縫ってはソーイングをするようになりました。
そうこうしているうちに、コロナ禍がやって来ました。
親や友達にも会えない、児童館にも行けない。公園に行くにも恐る恐る。
1日の大半、家で子どもと二人きり。
外で働いて帰ってくる夫より、私は不安で細かいことまで気に病むようになりました。
「社会との繋がりが無さ過ぎるのも自分にとってはよくないのかもしれない」
そう感じた私は、職場に復帰することにしました。
世間に手作りマスクブームが起こり、布売り場のWガーゼの棚がすっからかんになった頃。
それから少したって、子どもを保育園に預けて仕事に行く、新しい生活がはじまりました。