「わたしはわたし」を受け入れるまで
私がネガティブのお手本のような日々をなんとか送っていたあるとき、息子の通っていた療育先で、保護者を対象にペアレントプログラムの案内がありました。
週に1回大学の先生が講師として来て、何やらワークショップをする全6回のプログラム。
私は仕事の日に午前休をとって、それを受けてみることにしました。
困ったことに、受けた方なら分かってもらえるかもしれませんが、「ペアレントプログラムはこんなものです」と簡単に一言では説明できません。
具体的にやっていたことは、毎回「現状把握表」という宿題が出され、2週間に1回集まった時に、その内容を講師の先生や他のお母さんたちとシェアするというものでした。
この現状把握表には【自分編・子ども編】とあって、それぞれに【いいところ・努力しているところ・困ったところ】を10個ずつ書き出していくのですが…
最初はこれがなかなか埋められませんでした。
困ったところはまだしも、いいところなんてそんなに何個も出てこない。
だけど回を重ねるごとに、これがすらすらと埋められるようになりました。
全6回たった数か月の間に、いいところが急に増えたり、困りごとがいきなり解決した!というわけではありません。
講師の先生はいつも飄々として、こちらが身の上困った話をすると、拍子抜けするような質問を投げかけてきて、しまいには悩みが悩みではなかったような感じで話が終わってしまう、そんな不思議な方でした。
先生とのやりとりや、他のお母さんたちとのシェアを繰り返すうちに、いくらかコツをつかんで、自分や子どもの現状に対するとらえ方が少しずつ変化していったようでした。
例えば、自分の「締め切りギリギリに行動してしまう」という困ったところは、「ギリギリでも間に合わせている」という努力しているところになり、「締め切りを守っている」といういいところへと書く欄が変わっていきました。
子どもの「トイレを嫌がる」という困ったところは、「用は足さなくても、家のトイレに入るだけならできる」という努力しているところが見えてきて、「保育園や療育のときはトイレに行けている」といういいところに気づけるようになっていきました。
毎日必死で送っている日常が、当たり前じゃなかったことに気づきました。
なんとかご飯を作るのも、
着るものに困らない程度に洗濯をするのも、
洗い物をためてしまっても、次の料理をするまでにはさすがに洗っているのも。
できるときに片付けをするのも、
たまには掃除をするのも。
余裕があるときは子どもと目いっぱい遊べるのも。
家族に感謝の気持ちを持っているのも。
セルフ粗探しが癖になっていた私は、いつしか自分のいいところを数えられるようになっていました。
そして忘れかけていた「すきま時間をみつけてはソーイングを楽しんでいる」自分も、いいところとしてまた認めることができました。
そうして徐々に現状に対する認識が変わると、今度は自分自身や子どもへ対して働きかける行動が変わっていくようでした。
気持ちに余裕ができた私は、無性に何かを作りたくなっていました。
お店用の作品見本ではなく、息子の洋服でもなく、久しぶりに、ただ自分のために何かを作りたいと思いました。
選んだ布は、先染めの太い糸で織られた厚手のチェック柄。何年も前に購入して大切にしまい込んでいたもの。
広げると買ったときと同じように、「色の組み合わせやざくっとした織り感が好き」と感じました。
裏布には、チェック柄に使われている色に合わせてオフホワイトのオックス生地を選びました。
それから形を考えました。
相変わらず荷物が多いので、たくさん入る大きさがいいな。
電車に乗るから肩から掛けたり、手に持ったりできる持ち手がいい。
いくつになってもフリルにときめくのよねぇ。
耳(布の端)が素敵だから、そのまま使えたらいいな。
そうやってひとつひとつを決めて、合間を縫っては型紙を作ったり、布を裁ったり。
ミシンをかけるチャンスを見つけてはパーツを順番に縫い上げていきました。
バッグが出来上がったのは、最後のペアレントプログラムの日の前夜のこと。
さっそくバッグを使いたくなった私は、翌朝息子を預けてから一旦家に戻りました。
そして、ふだんより丁寧に支度をしました。
子どもが生まれてから出番の減っていたお気に入りのコートを羽織って、最後に作ったばかりのバッグを持ちました。
それから家を出て、駐車場で車に乗り込み、エンジンをかけたとき。
私の手は震え、目には涙があふれていました。
体の内側から、「これが私だ…!」という感覚が込みあげてきているのが分かりました。
もの作るのが大好きで、出来上がった作品を手にしてまた、幸せを感じられる。
これが私なんだ。
誰とも比べなくてもいいんだ。
苦手なことがあったっていいんだ。
私はこの先ずっと、ソーイングを楽しみながら生きていく。
そう心に決めた朝の出来事でした。
それからは、すきま時間にソーイングを楽しむことを「こつこつぽけっと」と呼んで、意識して時間を持つようになりました。
こつこつやれば、形になるから。
作っているときは、ぽけ~っと無心になって、ただの自分になれるから。
忙しくてソーイングが出来ないときも、それは日々を頑張っている証。
焦らずに、わくわくした気持ちを大切に持っていて。
よくばらないで、小さな楽しみを少しずつ。
私はいつからか、おまじないのように呟くようになりました。
”こつこつやろう、ぽけっとしよう。
あいまを縫って、自分にかえろう。”
ここまでが、こつこつぽけっとができるまでのお話です。